変形性股関節症についての雑感
以前、人工股関節手術後の方に対する運動療法の勉強会に参加したことがあります。
この手の題材で、理学療法士以外に向けて勉強会が開かれることは珍しいので、参加できてラッキーでした。
勉強会では当然、手術に至る前の段階である変形性股関節症の病態などにも触れます。
今回はその内容と照らし合わせて、私自身が日頃の臨床で得た経験を基に、私自身の考えを述べさせて頂こうと思います。
私が日頃、変形性股関節症に取り組むにあたって、コレってどうなの?といつも考えさせられる事項があります。それが次の3点です。
➀iliocapsularis muscle の臨床像
➁変性の意義と、関節の変性に対してmobilityとstabilityをつけることの役目
③脚の筋量の減少に対する解釈とエクササイズ
これらについて、どの点が疑問に考えているのか説明していきます。
iliocapsularis muscleの臨床像
iliocapsularis muscleとは筋肉の名前ですが、まだ和名はありません。読み方は「イリオキャプスラリス・マッスル」です。たまに「腸骨関節包安定化筋」と訳されることがありますが、その名の通り変形して不安定になった股関節を安定させる役目があります。
この筋は、股関節の変性に伴って発達してくる筋肉で、健常者では萎縮しています。股関節の前面に、股関節のすぐ上にある骨盤の出っ張りから関節包に巻き付くように存在する筋です。
1970年代には報告されていましたが、2010年代に入り活発に研究で取り上げられるようになりました。
参考資料↓
【The Iliocapsularis Muscle: An Important Stabilizer in the Dysplastic Hip】
医師の中でも、股関節手術を行う医師には既知ですが、それ以外の医療関係者やコメディカルは知らない方もいるようです。
臼蓋不全や変形性股関節症などの股関節形成異常の場合、このiliocapsularis muscleが少なからず発達していると仮定します。
一つ目の疑問として、iliocapsularis muscleは痛みの発生源となり得るか?ということです。実際この部分は層状にいくつもの筋や組織が積み重なっていて、1ヶの組織が炎症を起こしていれば、周辺の組織も影響を受け、緊張や炎症の拡大を引き起こす事が考えられます。
具体的にどのように層状になっているかというと、深部から股関節内部、股関節包、iliocapsularis muscle、大腿直筋腱、滑液包、腸腰筋、fat pad、縫工筋などがあり、これらの組織がいずれも炎症を起こす可能性があります。そのため、痛みの原因箇所の鑑別は難しく、明確には特定は出来ないことが多いです。
従って、実際この部位のアプローチを行おうとすると、単体ではなく複数の組織のアプローチを行うことになります。その際、もう一つの疑問点が浮かんできます。それが次の項目です。
変性の意義と、関節の変性に対してmobilityとstabilityをつけることの役目
股関節は何故、変形していくのでしょう?そのメカニズムは以下の通りです。
股関節に不適切な力がかかると骨表面の軟骨が傷ついてきます。それが進行すると、終いには軟骨が剥げ、軟骨の下地である骨が露出してきます。
削れた軟骨のカスは異物と見なされ、排除しようと炎症反応が起こります。また、露出した骨面に滑液(関節液)が浸潤し、それも炎症反応を引き起こします。
炎症反応とは、体内の異物を排除し、正常な状態に戻そうとする生理反応です。ただし、炎症反応は周辺の正常組織も傷つけてしまいます。そのため、骨が壊されていきます。
しかし、同時に骨を作ろうとする作用も働いています。体重をかけていると圧がかかるので、変形しながら骨が作られていきます。
一般に骨の変形は体にとって害であり、マイナスのイメージしかありません。しかしこの生理現象も目的があって存在しています。
先述の通り、股関節の炎症は部分的に圧力が集中することで起こります。炎症により骨が破壊され、同時に再生もされていき、骨頭は潰れるように形成されていきます。コレは接地面積が広がるため、上からの圧力が分散されるメリットがあります。
ただし、骨頭が潰れて接地面積が広がると安定性は増しますが、関節の動かせる幅が制限されます。人間は自力歩行出来るように、関節の動かせる機能は捨てても体重を支えるという機能のみは生かす、というシステムが備わっているといえます。
変形性股関節症の末期には、保存療法で可動性をつけようとすると、かえって痛みが増すことが報告されています。変形することで安定性を獲得しているものを、動きを付けることで不安定性が増し、関節内の当たりを悪くしているためと考えられます。
変形性股関節症では、初期・進行期の頃は可動性(mobility)を付けることが関節内の局所的な負担の集中を改善し痛みの軽減に繋がりますが、末期にかけては安定性(stability)を付けることが痛みの軽減に繋がります。安定性を増すためには股関節周辺の筋力アップが必要です。
このような観点から施術を進めていく必要があるのでは無いかと考えています。一般的に股関節のアプローチにおいてこの点が語られることが少ないという印象です。
そこで、次に疑問が挙がるのが筋力アップのためのエクササイズに対するものです。それを次項でご説明します。
脚の筋量の減少に対する解釈とエクササイズ
変形性股関節症の方の脚を拝見すると、筋肉が萎縮しているのが観察できます。筋肉がやせ細っているので、支える力が弱く、なおさら関節に負担がかかるだろうと想像できます。そこで筋力アップ・筋量アップのためエクササイズをしてもらおうという発想に至ります。
しかし、この筋肉がやせ細ってしまう原因が何であるのかによって対処の仕方がかわってくるのです。この時の原因として考えられるものが現在2つあります。
1,関節因性筋抑制による筋萎縮
2,廃用性による筋萎縮
これらを個別に説明していきます。
関節因性筋抑制とは
英語ではArthrogenic muscle inhibition(AMI)と表記します。膝の関節障害に対する太ももの筋(大腿四頭筋)の萎縮に関する論文が有名です。
この論文では、太ももの筋肉は障害を負っていなくても、膝関節の障害のせいで太ももの筋肉を働かせる運動神経が抑制されて、筋肉の出力が落ちてしまうという現象が明らかにされました。コレが長期に及ぶと筋肉が働かない分、衰えてやせ細ってきます。
このメカニズムが股関節炎症の場合も同様に起こっていると主張する人達がいます。この主張をベースにして、筋肉を支配している神経自体に抑制が引き起こされているので、運動しても筋が働かず効果が薄いのでやっても無駄という意見になります。
廃用性筋萎縮とは
廃用性とは平たく言えば、筋肉が使われていないことで、それにより筋肉が衰えてしまった状態のことです。例えば、寝たきりの人の筋肉が細くなってしまうことを考えれば分かりやすいと思います。逆に筋肉は使ってあげれば発達します。
障害を受けている股関節側には、なるべく体重を乗せないよう、使わないように歩きます。そのため障害側の脚の筋肉が衰えていくのは想像に難くありません。
廃用性を防ぐためには筋肉の運動をさせることが必要です。
当院の股関節症に対するエクササイズの考え方
変形性股関節症のクライアント様の動きを観察させて頂くと、痛みのために動かさないことによる廃用性の要素の方が多い気がします。その様な観点から当院ではエクササイズをすることを推奨しています。
もう一つ重要なことは、変形性股関節症は進行性の疾患なので、将来的に人工関節手術を行う可能性があるということを念頭に置いておかなければいけません。
手術前に股関節周辺の筋肉を細らせてしまうと、手術後になってから筋肉トレーニングを行ってもなかなか筋肉を付けるのが難しいという報告があります。したがって、事前に筋肉を落とさないよう予防的にエクササイズを行い、筋量をキープしておくことは大事であると考えています。
AIMに関しても、運動前にTENS(電気刺激)やクライオセラピー(冷却刺激)を施すことにより、神経の抑制が解除されることが現状分かっています。そのようなテクニックを使い運動していけば効果を発揮させることが出来ます。
まとめ
今回は、変形性股関節症における一般的に言われている知識と、それに対する疑問や当院の考え方などを雑記風に述べてみました。
この記事が何かのお役に立てば幸いです。
では今回はこの辺で。
追記;補足記事を作成しました
Iliocapsularis muscleについてさらに詳しく。