夜中に急に肛門が痛くなる人は。
あまり知られていませんが、実は結構かかる人が多い症状で、急に肛門が痛くなる「消散性直腸肛門痛」というものがあります。以前、歌手の星野源さんが自身もなったということをメディアで語ったらしく、一時インターネットを中心にプチ話題になったことがありました。
実は私も以前発症し、最近また久しぶりに発症したので記事を作ろうと思いたちました。10年以上前に一回、この病気についてホームページを作ったことがあったのですが、時間が経ってしまったので今回新たに情報提供することにしました。
とは言え、未だにこの病気の原因やメカニズムはよく分かっていません。それは、この病気は身体を調べても特段異常がみられるような組織が存在しないためです。普段から定期的に起こる訳でなく、突発的に起こり、しかも夜間が多いため発症時に医療機関にかかりづらいというのがあります。さらに、継続時間が数分~30分程度で、例え医療機関に駆け込んだとしても、待っている間に治まってしまっているというのもあります。
名称について
この一時的に急激に起こる肛門痛で、原因不明の病態に対する病名がいくつか存在します。インターネットでみると色々な名で呼ばれているので混乱すると思います。ネットから拾える名称を挙げてみると次の通りです。
「一過性(直腸)肛門痛」
「特発性(直腸)肛門痛」
「消散性直腸肛門痛」
「肛門挙筋症候群」
「機能性直腸肛門痛」
「仙骨・陰部神経痛」
「無症候性肛門痛」
などなど。かなり多いので、ここで一旦まとめてみます。単に肛門痛と言われる場合と、直腸肛門痛と言われる場合がありますが、今回は略して肛門痛で表記します。
まず、癌や大腸炎などMRIや内視鏡など目で見えるもの、原因が分かる肛門痛の場合、「症候性肛門痛」とか「器質性肛門痛」と言います。そうではなく、原因が分からないものを「機能性肛門痛」といいます。「無症候性肛門痛」は「機能性肛門痛」と同義です。
ここでは、世界的な機能性の消化器疾患の専門書である、RomⅢ(2006)の肛門痛の分類を紹介してみます。
機能性直腸肛門痛( Functional anorectal pain)のカテゴリーには、
①慢性直腸肛門痛 (Chronic proctalgia)と②消散性直腸肛門痛(Proctalgia Fugax)の2つに分類があり、①にはさらに①-1肛門挙筋症侯群 (Levator ani syndrome)と①-2非特異機能性直腸肛門痛 (Unspecified functional anorectal pain)が区別されています。
最新版のRomⅣ(2016)でも分類の仕方は機能性肛門痛の部分は変わらないみたいですが、日本語訳とした場合、Proctalgia Fugaxは以前「消散性」肛門痛と称していたのが、最近では「一過性」肛門痛と言うことが多いみたいです。
器質性肛門痛(痛みの原因が目で見えるもの)は持続性肛門痛、機能性肛門痛(原因特定不明)は特発性肛門痛という分類で呼ばれることもあります。
つまり、まとめると機能性(特発性)直腸肛門痛には3つに分類され、
①肛門挙筋症候群
②非特異的機能性直腸肛門痛
③消散性(一過性)直腸肛門痛
があることになります。
病態
次に機能性直腸肛門痛のそれぞれの病態を紹介します。
肛門挙筋症候群
突発的に肛門部に痛みが起こり、30分以上続きます。長時間の座位が悪化の要因とされていますが、立っていても起こることがあります。痛みはズーンとした痛みや、肛門に物が詰まったような重だるさである場合もあります。横になると軽減するとされています。論文【Chronic proctalgia and chronic pelvic pain syndromes: New etiologic insights and treatment options】によると、夜には起こらず、早朝発症し、日中じょじょに悪化するとあります。その他、ストレス、性交、排便が悪化要因に挙がっています。
恥骨直腸筋などの肛門挙筋群の痙攣の関与を推測されています。上の図は骨盤を上から覗いたもので、図で分かるように肛門挙筋群は骨盤底筋群の主要な部分を占めています。
恥骨直腸筋を押した時の圧痛や、肛門から指を入れ恥骨直腸筋を後方に引いた時に症状の再現などがあれば肛門挙筋症候群、症状の再現がなければ非特異的機能性直腸肛門痛と診断されます。
非特異的機能性直腸肛門痛
肛門挙筋症候群と内容は同じですが、恥骨腸骨筋を刺激した際の再現性がない場合にこちらに分類されます。ストレス不安などの心身症の一種と推測されています。
消散性(一過性)直腸肛門痛
今回の記事のテーマである「夜中に突然、肛門が痛くなる」という症状は、この消散性直腸肛門痛である可能性が高いです。
多くは就寝してから突然、肛門に激痛を覚え起こされます。多くの場合10~30分ほどで痛みが消えます。数分で消える場合もあります。また、日中に引き起こされることもあります。いづれにしろ、不定期に引き起こされ、予測することは難しいです。
痛みの程度は、突き刺すような強い場合が多いですが、人によっては物が詰まった感じ、奥にズーンと響く感じと表現する場合もあります。
また、人によっては痛みの最中に便意を感じ、実際にオナラをしたり大便をすると痛みが軽減することがあります。
消散性直腸肛門痛の原因について
原因は不明と言われていますが、いくつかこれが原因ではないかと推測されているものがあります。それを個別に解説していきます。
内肛門括約筋の痙攣
内肛門括約筋は、通常では便が漏れないように肛門周辺を締めて閉じておく筋肉です。直腸に便が到達すると圧力がかかり、それを察知した骨盤神経から情報が伝わり、腰上部にある仙髄の排便中枢に達します。そこから情報は2分され、一つは副交感神経を刺激して、内肛門括約筋を緩め、直腸の筋肉は収縮し、排便を促します。もう一つは、仙髄から脊髄神経を上行し、大脳に達し便意として認識されます。
内肛門括約筋は自律神経支配で、自分の意志と関係なく反射で働きます。副交感神経が骨盤神経由来、交感神経が下腹神経由来です。一方、外肛門括約筋は随意筋といい自分で動かすことが出来る筋肉です。これは陰部神経という運動神経と感覚神経からできた神経で支配されています。
したがって、便意を感じ排便を我慢しようとすると、この陰部神経を介して外肛門括約筋が働き、肛門周辺を締めて漏れないようにしてくれます。逆に排便しようとすると、腹筋群の収縮や横隔膜の収縮とともに外肛門括約筋は緩み、便を押し出します。
内肛門括約筋は自律神経支配なので、交感神経・副交感神経のバランスで筋肉の緊張具合が調整されています。副交感神経の働きが弱まるか、交感神経の働きが強すぎると筋肉が緊張し過ぎて痙攣すると考えられます。
副交感神経である骨盤内蔵神経は、腰部上部の背骨の中に位置する仙髄から発し、仙骨の穴を通り抜けて骨盤内を経て内肛門括約筋に達します。
交感神経である下腹神経も腰部上部の脊髄から発し、すぐに背骨の穴から出て、背骨のすぐ横にある交感神経幹を経由して骨盤内を走行し、内肛門括約筋に達します。
これらの神経の走行のどこかに障害があると症状が出る可能性があります。
自律神経の問題があるとすぐにストレスの所為にされますが、ストレスがなくても消散性直腸肛門痛が発症することがありますので、このように神経走行上に物理的な刺激が加わってないかも考える必要があります。
陰部神経痛、仙骨神経痛
陰部神経は、先ほど述べたように運動神経と感覚神経から成り立っています。陰部神経は仙骨の前の穴から出てきた神経が、殿筋の窪み(大坐骨孔)で坐骨神経の横から骨盤外に出てきて、仙骨下部の外側の奥側を通り、陰部に至る走行をしています。
先述の論文によりますと、陰部神経の痛みは、陰部・臀部・生殖器の痛み、灼熱感、痺れなどとされています。陰部のみならず、太ももにも痛みが広がり、両下肢に出ることもあります。座位や性交で悪化し、就寝中は発症しないとあります。
肛門痛治療で有名な高野医師によりますと、消散性肛門痛に陰部神経ブロックを施したところ、6割くらいの人に改善が見られたそうです。その結果、消散性直腸肛門痛の原因として陰部神経が予想されています。
陰部神経の走行に沿って圧迫してみて、症状が誘発されるようでしたら、この神経の障害の可能性があります。
ストレス
抗うつ剤などの精神安定剤が一定数の人に効果があったことから、心因性の疾患とされる場合があります。
当院で見られる突発性肛門痛の場合
2016年掲載の論文【Anorectal Disorders】によると、消散性肛門痛の場合、51%の人は発症が1年で5回未満となっています。しかし、当院にこられるクライアント様をみると発症回数はもっと起こっているようです。また、この病気の有病率は8~18%ということなので、世間一般にはこの病気はほとんど知られていませんが、実はかなり数が多いのではないかと考えられます。
肛門痛で、当院でお見受けするのが多いのが、次の様な属性の人です。
①出産を契機に発症。
②高齢の女性。
③中年男性。
肛門痛で組織に異常が見られない場合、まずは神経に異常が生じているのではないかと推測できます。神経の異常により筋肉の収縮がコントロールできていないか、感覚が痛みを伝えているか、2つの可能性があります。
それを元に個別に解説していきます。
出産を契機に発症
自然分娩では、骨盤底筋は筋によっては3倍近く伸ばされるそうです。それに伴い陰部神経も損傷を負います。損傷程度が大きければ、産後会陰痛となる可能性があります。
当院でお見受けする出産を契機に発症する肛門痛は、一過性の肛門痛というより持続的な痛みで、人によっては妊娠中から痛みがある場合もあります。痛みの範囲も肛門に限局というより、もう少し範囲が広い人が多いです。
妊娠中は子宮が膨らみ、骨盤内の組織を圧迫します。また、分娩時にはそれらに短時間で強いストレスがかかります。したがって、骨盤内の神経の損傷の可能性も考える必要があります。
高齢の女性
高齢の方の場合、2つの要因が考えられます。
一つが、血管性の問題。もう一つが骨盤底筋群の機能低下。
血管は動脈硬化や老化が進むにつれ蛇行しだす場合があります。そうすると近くにある神経に当たり圧迫したり炎症を引き起こすことがあります。有名なところでは三叉神経を圧迫して引き起こす三叉神経痛や、聴覚神経を圧迫してしまう耳鳴りなどがあります。このような状態が骨盤内の神経にも起こる可能性があります。
骨盤底筋の機能低下に関しては、肛門痛のある方で一定数、排便障害を併せ持っている人がおり、それらの人に骨盤底筋や排便運動の機能訓練を行うと肛門痛が改善することがあります。筋肉のコントロールが上手くいっていないために起こる肛門痛といえます。
更に付け加えると、加齢に伴い腰部の変形がみられます。腰痛が現在ある、もしくは以前あったという方がほとんどですが、腰痛が無くても肛門痛になることもあります。いづれにしろ腰部の変形は何らかの関連があると思われるので、腰部の施術は漏れなく行う方が良いです。
中年男性
基礎疾患や、既往歴がないと、原因の予想が一番難しい属性の人たちです。実は同数くらい女性にも発症する人いるはずなのですが、当院では出産未経験者で主訴で来られる方はあまりいません。
若い人達の消散性肛門痛は、お医者さんで良性疾患で放っておいてもそのうち治ると言われ、実際その時は痛みが出なくなり、治ったと思うことがあります。しかし、しばらくすると再発することがあるので、本当に治っていたのか分かりません。患者さんたちは、もうその時には別のお医者さんにかかっているので、前の医者では治ったと思い込んでいるだけで、実は治っていなかったというのが往々にしてあります。
当院では腰が悪い方が多い印象です。また、寝つきが悪かったり、眠りが浅い時に起こりやすい、胃腸が弱いといった特徴があるようです。
消散性(一過性)直腸肛門痛の対応
今まで述べてきた情報を元に消散性直腸肛門痛の対応を考えていきたいと思います。
全体的に言えること
まず、腸内環境の改善のため食生活の見直しをお勧めします。
よく有りがちなのが、胃腸がもともと弱いのにコーヒーを大量に飲む、辛い物をしょっちゅう食べる、消化不良になりがちな油ものを多量に食べるなどです。
腸が過敏になっていては痛みを感じやすくなります。
次に肛門挙筋群が問題になる時は、筋が硬く痙攣しやすい、筋が硬く陰部神経を圧迫しやすい、など考えられます。長時間の座位がその状況を作りやすいです。
その場合、骨盤的筋群の柔軟性と機能回復を目指したいので、骨盤底筋トレーニングと股関節周りのストレッチングとトレーニングを取り入れると良いでしょう。産後の陰部神経痛や、高齢者の骨盤底筋の機能低下も考え方は同じです。
内肛門括約筋が問題の時に言えること
肛門挙筋症候群の痛みは持続痛で30分以上の痛みです。それより短い時間の突発性の痛みが消散性直腸肛門痛なので、原因としては内肛門括約筋の痙攣の可能性が高いです。
それでは何故、就寝中に起こりやすいのでしょうか?
先述したように内肛門括約筋は自律神経支配です。
よく休んでいる時は副交感神経優位、活動していると交感神経優位という話を聞くことがあります。その延長で、寝ている時は副交感神経がガンガン働いていると思われる方が多いです。これは間違いです。
食事は寝る前の2時間前には済ませましょう、とよく言われます。何故でしょう?それは、胃の中の食べたものが一通り消化し終わるのに2時間くらいかかるからです。それ以前に就寝してしまうと胃の中のものが消化しきれず、翌朝胃もたれを感じたりします。
もし仮に寝ている間に副交感神経が活発になるのならば、寝ている間に消化をガンガンして翌朝、胃はスッキリしているはずです。
実は、寝ている時は交感神経・副交感神経両方の自律神経全体がトーン・ダウンしています。したがって覚醒時に比べ、寝ている時は副交感神経も鈍くなっています。
この時、内肛門括約筋を支配している神経のバランスが狂っていたりすると、内肛門括約筋が異常に緊張し痙攣すると考えられます。
筋肉の痙攣は、ふくらはぎのこむら返りを経験したことがある人なら解ると思いますが、かなり痛いです。こむら返りなら足の親趾を引っ張ってストレッチしてあげれば治まりますが、内肛門括約筋のストレッチはやり方がありません。そのため痙攣が起これば痛みが治まるまで我慢するしかありません。
消散性直腸肛門痛時に便意が感じられるというのは何故でしょうか?
副交感神経は内蔵感覚を伝える神経でもあります。推測できることは、内肛門括約筋の痙攣により直腸の内圧が高まり、それが便意として伝えられるのではないかということです。
そこで実際に排便すると、内肛門括約筋が強制的に緩まされ、痙攣が止められるのではないかと考えられます。ここで排便や放屁を行っても痛みが止まない人は、こむら返りが治まった足をすぐに使うと再び足がつり出すことがあるように、何かの刺激で治まりかけた内肛門括約筋が再び痙攣しだしたのではないかと推測されます。
全般的に言って、消散性直腸肛門痛の方は、下痢をし易かったり、逆に便秘気味だったりと腸の調子を崩しやすい方が多い印象です。先ほどの繰り返しですが、腸内環境を整えるは大事ではないかと思います。
自律神経に関しては、睡眠中は時間帯によって放出されるホルモンの量が変わってきます。ホルモンの作用によっても自律神経の働きは左右されるので、睡眠サイクルは不規則にならないように気を配ることをお勧めします。
カイロプラクティックで出来る事
背骨の中を通っている脊髄神経は、背骨から出ると背中側を支配する神経と、体の前側を支配する神経に分かれます。つまり、情報が脳に伝わる時は、一旦背中側の神経と前側の神経は同じ通り道を共有することになっています(神経根)。そのため背中側の筋肉の緊張している情報が、ここを通過する時に前側の神経にも影響を及ぼすことがあります。
腰が悪い人が、骨盤内の神経にも影響を与えている理由はここにあります。したがって、骨盤・腰部の施術を行います。
骨盤底筋は股関節と直接的・間接的に関連があります。したがって骨盤底筋の機能向上には股関節周辺の機能改善にもプラスに働きます。
骨盤底筋の機能は肛門括約筋にも直接関連しますので、ここの機能不全があればその改善トレーニングを行います。骨盤底筋は呼吸筋の役目を果たしますので、腹式呼吸を中心にした訓練を行います。
神経走行中に周辺組織との癒着があると神経周囲の毛細血管のうっ血が起こり、神経の働きに影響が出ます。神経走行中の癒着部を見つけその改善を行います。
下腹神経、骨盤内蔵神経は仙骨の前面、直腸周りにあり、相当痩せててお腹から仙骨が触れることが出来るくらいの人なら神経個別に探り当てられることもできるでしょうが、通常ですと触り分けることは不可能です。ですが、その他のもっと表層に近い神経は触ることができます。
骨盤底にも陰部神経以外に癒着する神経がいくつかありますが、骨盤底はかなりデリケートな問題を含んでいる場所なので、そのアプローチは気軽に施術できる場所では有りません。また別の機会にそのことについて記事を作りたいと思います。
消散性直腸肛門痛の治療についての研究では、現在、温熱療法、電気刺激、マッサージ治療、ブロック注射、薬物療法、カウンセリング、機能訓練など様々試行されていますが、決定打がなく、どれも一時的に効果があっても徐々に効果が半減していくというのが現状と記されています。
そのため、医療機関での治療のほかにカイロプラクティックなどの他のアプローチも取り混ぜて、総合的に取り組んでいくことが望ましいと思われます。
まとめ
今回は、あまり情報が世に出ていないけど、実は発症している人は結構いるのではないかと思われる消散性(一過性)直腸肛門痛という病気の紹介でした。
この情報が何かのお役に立てば幸いです。
因みに、お医者さんにかかる場合、どこが良いかと言えば、まずは肛門科です。女性の場合、子宮筋腫などでも同様に肛門痛が出る事がありますので、婦人科でも良いと思います。まずは、隠れた病気がないか調べることが先決です。
では、今回はこの辺で。
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