Dr.キャリックの論文の紹介

Frederick Robert Carrickは、多分、カイロプラクターの中で最も重要な人物の一人だと思います。カイロプラクターで査読検査に耐えうるような臨床研究・論文発表をしている人はあまりいません。ですがDr.キャリックは多数の研究発表を行っており、pubmed上でも機能神経学に関わるものだけで35編の論文が検索にヒットします。

Dr.キャリックは機能神経学のエキスパートで、植物状態の人の回復や、難治性の機能性神経疾患の治療で世間に名を轟かせています。

現在の所属先・肩書は、①アメリカ・フロリダ州、セントラル・フロリダ大学医学部、②同大学バーネット生物医科学大学院、③マサチューセッツ州、MGH 保健専門職研究所、④英国ケンブリッジ大学と提携したベッドフォードシャー精神保健研究センターの上級研究員、⑤フロリダ州、キャリック研究所の創設者、となっています。

今回は、あまり日本では紹介されないキャリックの論文を、自分の勉強も兼ねて、読みながら紹介もしていこうと思います。

今回取り上げるのは、機能神経学に関係したものに焦点を合わせたものをご紹介します。

今回の記事は医学用語が満載になるので、一般の方が読むのは難しくなると思います。記事の最後の方に今回の内容の解説と、論文の内容に対応した当院での施術のやり方などをまとめておくので、そちらだけお読みくださいm(._.)m

 

 

【頭部-眼球-前庭運動療法は重度の慢性脳震盪後症候群患者の精神的および身体的健康に影響を与える】

Head–Eye Vestibular Motion Therapy Affects the Mental and Physical Health of Severe Chronic Postconcussion Patients

出典;Front Neurol. 2017; 8: 414.Published online 2017 Aug 22. 

《概要》

軽度のスポーツ起因の脳震盪を起こした後、6か月を超えて仕事や学校生活に重度の障害を負った脳震盪後症候群 (PCS) 患者において、頭眼前庭運動 (HEVM) 療法が症状の軽減と機能の向上に関連しているかどうかをテストした。

被験者は全員、施設内脳センターでの 5 日間の HEVM リハビリテーション プログラムを受け、C3 Logix 包括的脳震盪管理システムの 7 つのモジュールを使い、プログラム前後で頭部と眼球の運動を含む神経学手的なテストを測定させられた。

結果は、治療後にPCS 症状の重症度は統計的および実質的に有意に減少し、脳震盪スコアの標準化評価では統計的および実質的に有意な増加が見らした。

 

Frontiers in Neurologyに2017年公開された研究です。

更に論文内より詳細を抜粋していきます。

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軽度の外傷性脳損傷(mTBI)は、損傷後数年が経っても、頭痛、睡眠障害、記憶障害の発生率の増加と関連しています。また、心的外傷後ストレス障害、精神神経疾患などの既存の状態または併存状態を複雑にし、回復を遅らせることがあります。

過去の研究から、脳の機能的完全性は眼球運動機能と密接に関連しており、特にサッケード、アンチサッケード、スムーズな追跡、および記憶誘導シーケンスに関しての機能が、急性期後に損なわれることが示されています。

垂直方向及び水平方向に滑らかに視覚ターゲットが正弦曲線上を動き、それを眼球で追跡し、その最中の頭部と眼球の動きを計測しました。

HEVM リハビリテーションの内容は、患者がピッチ・ヨー・ローの組み合わせで頭部を動かしながら、平面内を移動するターゲットを注視させるという方法です。頭部と目の動きが低下するまで、もしくは頭部と目の動きがシンクロしてセッションが終了するまで、視覚ターゲットの速度と振り幅は増加させるというもの。3分間行い、その後3分間休憩、というのを3セット行い、1.5時間以上の休憩を挟んで、1日に5回セッションを行い、それを5日間継続しました。

目・頭部・体の運動に関してはDynavision D2 (モグラ叩きみたいなもの/論文中のリンクは切れしているので、新しいURLをリンクしています)を使用し、10分間のセッションを1日3回行いました。

前庭と体性の刺激の2番目の治療として、多軸回転椅子(MARC)を使い、ゆっくりな追従眼球運動をしている時のコーディネイトされた眼球運動よりもより遅いスピードである、1秒に0°~60°の角速度で、15秒以上、頭部の動きの面と反対の面に患者の回転を加速させることが行われました。角速度0°から始まり60°/秒までの加速の回転を15秒行い、続いて15秒かけて加速度60°/秒から0°/秒に減速した、という方法で3~30秒に渡り行った。加速と減速は直線的に行われ、各回転の間に2分間の休憩があり、これを1日2回、5日間繰り返しました。

体性感覚-運動活動の第3目の治療として、上肢と下肢の動きの組み合わせの課題に参加してもらいました。左右の手足それぞれと、手足の同側&対側のコンビネーションで、セラピストによる受動運動と能動運動の両方を行ってもらいました。これを1日3セッション施行。

ターゲットを中心窩で見ているときに、ゆっくりと動くターゲットと同じ速度で頭が動く場合、目は動かないはずです。首の筋肉組織が緊張や伸びや動きに対する抵抗の増加を示すと、頭と目の動きの間に感覚の不一致が生じます。水平面でゆっくりとした眼球追従運動でターゲットを追っている時の頭部-眼球のコーディネイトに関して、もっともよい眼球運動をしていないと観察された全ての患者に対し、頸椎のマニュプレーションが施されました。

C3 Logix は 7 つの評価モジュールで構成されいます。①脳震盪症状評価調査 (身体状態に関する 27 の質問)、②脳震盪の標準化評価 (SAC、遅延想起を含む)、③トレイル テスト、④処理速度タスク (シンボル数字モダリティ テスト)、⑤バランス テスト (加速度計とジャイロスコープのデータを取得し、揺れ量と標準 BESS エラー スコアを評価する際の BESS プロトコル)、⑥シンプルおよび選択の反応時間、⑦静的および動的視力

これに、即時記憶、遅延想起、見当識、集中力を調べる既存のテストが含まれています。

対象者70名 (男性45人、女性25人)で、平均年齢は28歳(SD 8.48)。最低年齢は14歳、最高年齢は 47 歳でした。男性の平均年齢は 28 歳でした(SD 8.80、最低年齢は 14 歳、最高年齢は 47 歳)。女性の平均年齢は 29 歳でした (SD 8.036、最低年齢は 18 歳、最高年齢は 47 歳)。スポーツ脳震盪は、アイスホッケー、ラクロス、アメリカンフットボール、サッカー、スケート、スキー、スノーボード、体操などのさまざまな活動に関連していました。HEVM 治療前の男性と女性の症状の間に統計的に有意な差がありません。

5 日間の HEVM 療法は、慢性 PCS に関連する症状の重症度の統計的および実質的な有意な減少に関連しています。

治療の成果は頭部、目、体の動きによる体性、前庭、眼球系の活性化に関連しています。頭部の動きは耳石の刺激と関連しており、それは前庭核複合体の内と外の両方の脳幹構造に携わっていて、小脳の働きの多くに関わっています。今回の PCS 患者は全員、前庭機能の不全で経験されるものと同様の視覚的および神経学的障害を抱えていました。眼球速度変調に関連する偏垂直軸回転(Off vertical axis rotation/OVAR)後、症状は軽減し、パフォーマンスは向上しました

頭部と目からの前庭の作用は、首の固有受容入力と前庭入力の統合を生み出すと考えられます。HEVM療法中に、網様ニューロンが頭部主導の感覚入力を体中心の姿勢反応に変換することによって、前庭脊髄反射(VSR)の首の調整に参加していることを示唆しています

患者の三次元空間での全身回転は、静的および動的な前庭活性化の両方を引き起こし、活性化の頻度と手足、体幹、頭の位置に応じて姿勢の適応をもたらします。回転による VSR の増加により四肢の筋肉活動が変化し、姿勢とバランスの完全性に影響を与える。この研究では、頭部の位置の結果としての空間座標における体幹の中心統合に関連する、安静時および運動時の患者の姿勢反射および方向性の増加を観察しました。

HEVMは、前庭系と網様体ターゲットを利用して、姿勢反射に影響を与えている前庭反射のための、首の位相差とゲインの比率の両方に変更をもたらすことを目的としています。体幹、頭部、またはその両方の受動的な水平回転の意識的な認識は、姿勢反射と神経反応に関連する三半規管と首の求心性神経の相互作用に依存します。

HEVM 療法は前庭系を刺激し、この刺激により前庭以外の症状や機能変化を伴う慢性 PCS の症状の重症度が軽減されると考えられます。 HEVM療法中の自発的および反射的な方向転換頭部運動の生成は、大脳皮質および上丘が関与する複雑な経路によって媒介される一方、安定化は、前庭頸反射(vestibulocollic reflex/VCR)と頸椎頸部反射(cervicocollic reflexes/CCR)を生成する単純な短ループ経路によって媒介されると考えられています。VCRとCCR は、全身運動中に空間内での頭の位置を安定させようとし、前庭神経活動を頸部運動ニューロンに結び付ける比較的直接的および間接的な経路によって支配されています

PCS 患者の大多数は頭を動かすときの安定性の問題を訴えており、短潜在VCR は頭を積極的に回転させることによって抑制されないことがわかっています。首の筋肉は、VCRが無傷であれば、機能性とリハビリの結果に関して、VCRと頭部の回転の動きの方向へ抵抗する事により活性化されます。

HEVM療法で活性化された、前庭システムにより中枢部に統合している首の固有受容器によって、頭部と目の前庭作用は、ヨーよりもビッチにおいて大きな位相のシフトが観察されると、ヨーとピッチにおける頭部と胴体の角速度を誘発します。

中側頭回、上側頭回、後島皮質、および下頭頂皮質を含む複数の感覚器官の前庭皮質ネットワークは、VCRに対する球形嚢状の反応によって両側的に活性化されます。垂直方向の回転と水平方向の回転に対する反応には差があり、HEVM 治療中に被験者を複合平面内で回転させます。等速の椅子の回転における三半規管からの感覚信号は、人間の安定化に重要な貢献である自己運動の知覚を計算するための神経処理を受けます。体幹上での頭部の回転は、前庭神経核における頭の位置から体幹空間機能への前庭信号の変換を誘発します。

ゆっくりや速く歩くことは、角度による前庭頸反射と直線型の前庭頸反射によって、頭部のピッチ運動が引き起こされます。

ヨーやロール方向の動きで筋を活性化させるより、鼻を下げる方向であるピッチ方向でのHEVMの動きの方が、中枢構造を活性化するのにより簡単であるります。HEVM療法は、動きのベクトルに最大限依存して神経系のプールを興奮させる面の組み合わせを活性化します。

おそらく、網状脊髄線維の活性化とその後の運動への影響が、VCR の神経回路基板に大きく寄与しており、我々の治療の中心となっています。網様体脊髄線維は水平 VCR に重要な役割を果たしており、垂直面の刺激に応答して、橋髄網様体脊髄線維は耳石反射による首内の入力の収束に依存します。垂直面における脱脳猫の迷路の自然な刺激は、橋延髄網様体脊髄ニューロンの反応を誘発し、その大部分は腰髄に投射し、首と手足の重力依存の姿勢反射に役割を果たします。

HEVMの治療は、頭、目、四肢の複雑な動きを組み合わせることで、この活性化を最大化しようとする試みであります。

 

 

補足説明

一般的な解剖生理学の教科書には出てこない内容が多いので、いくつか補足の説明を付け加えておきます。

 

EVARとOVARについて

前庭系検査における回転検査では、重力方向に垂直に回転軸をとる回転検査(earth vertical axis rotation, EVAR)と、重力軸に対して傾斜させて回転刺激を与える方法がOVAR (off vertical axis rotation)があり、最近、後者は耳石(直線加速度の探知)機能の検査として用いられている。OVARの方が重力による動的直線加速を加えて、より耳石のニューロンを刺激できる。

EVARの図

OVARの図

 

CCR(頸椎頸部反射)とVCR(前庭頸反射)について

cervicocollic reflexes(CCR)は頸椎の動きに伴う頸部や後頭下筋群に引き起こされる反射であり、前庭系の刺激によって引き起こされる頸部の筋の反射vestibulocollic reflex(VCR)によって生成される頭部の回転に拮抗するように作用し、静止した物体上での頭部の振動を防ぐのに役立ちます(Cervicocollic reflex: its dynamic properties and interaction with vestibular reflexes;Journal of Neurophysiology 1985 Jul)

 

ロール、ピッチ、ヨーについて

飛行機や船、工学系などで使われる、空間内で機体がどのように傾いているかを表す座表軸で、XYZ軸に対応します。これを人体に当てはめる場合、ロールはX軸に相当するので、頭部であれば左右の傾きに相当し、解剖学的には前額面の運動に当たります。ビッチはY軸に相当するので、人体の頭部で言えば前後の傾き(首の屈曲・伸展)に相当し、解剖学的には矢状面の運動に当たります。ヨーはZ軸に相当し、人体の頭部で言えば左右の回旋に当たり、解剖学的には水平面に相当します。

上部頸部の感覚神経と平衡感覚との関係について

上部頸椎からの感覚神経 (C2~C3N、C1は運動神経のみ)は、第一、第二頸椎の関節(環軸関節)周辺の固有受容器の情報を伝えており、頭部の位置に関する眼位の平衡を保つために、首の動きに伴って眼球運動を促す反射が存在します。

猿や猫の実験で、前庭系が働かないように頭部のみを固定し、胴体を回転させ、首の捻じれを発生させると、眼球が動くのが観察されます。また、C1~C3の頸神経に麻酔を打つとその反応が無くなります。さらに通常状態で、その部位の神経に麻酔注入すると運動失調,頭 位眼振などが出現します。

人間の場合の頸部損傷後に引き起こされる、起立失調,書 字失調,円滑な眼球運動の障害など、いわゆる頸性めまいと言われる症状の原因と同じものと考えられています。頸動眼反射は、前庭動眼反射(VCR)を補完しているものと考えられています。

 

 

一般の方はココからお読みください↓

解説

スポーツのプレー中に衝撃を受け、画像診断で異常が出ない程度の軽度脳震盪を起こした後に、頭痛、めまい、吐き気、全身の倦怠感、体の緊張、睡眠障害、記憶障害、ブレインフォグなど様々な体の機能異常が発生し、症状が続く場合があります。これを慢性脳震盪後症候群(PCS)といいます。

この場合、眼球運動に異常が出ていることが多く、眼球運動は脳の機能と密接に関係しているので、眼球運動に関わる部分を改善していけば脳機能の改善につながると考えられます。そして、眼球は平衡感覚を司っている前庭系と結びつきが強いです。

 

前庭系は耳の奥にある、三半規管と耳石器が、蝸牛器(聴覚神経)とセットになって存在しています。三半規管は頭位の角度の変化を察知し、耳石器は頭位の直線的な加速度を察知します。そしてこの情報は前庭神経核を経て、頸部や脊髄、小脳に伝達します。

体の平衡を保つ上で前庭系と小脳は密接に連絡していて、一般に小脳は体のバランスを保つところと認識されています。しかし、小脳はバランスを保つだけでなく、大脳の前頭野の働きと関係があり、空間認知機能や、ワーキングメモリー、推論能力、情動、人格形成にかかわりがあります。つまり、小脳が障害されると体のバランスを取る事が難しくなるばかりでなく、先に挙げた前頭葉での働きも障害されることがあります。これを小脳認知情動障害(Cerebellar Cognitive Affective Syndrome/CCAS)といいます。

小脳は体のバランス保持のため常に前庭系からの情報を受け取っているので、前庭系からの情報に不具合を生じると、小脳も正しく働くことが出来なくなります。その結果、前頭葉の機能も障害を受けます。

慢性脳震盪後症候群で様々な症状が発症するのは、前庭系-小脳-前頭葉の神経回路があるためでは、と考えられます。

今回、テーマになっているHEVM療法では、体を回転させたり、眼球運動させたり、手足の協調運動させたり、というようなことをやって、前庭系のリハビリを行ったいるものです。前庭系を強化することで、様々な症状の復調が見られたのは、この様なメカニズムによると思われます。

 

当院で出来ること

HEVM療法では、宇宙飛行士や戦闘機のパイロットが訓練するような、3Dに回る椅子(MARC)を用いてますが、一般の臨床では使う事は出来ません。当院では、水平回転(EVARならダンスで行われるターンステップや、回転するデスクチェアなどで代用し、傾いた軸の回転なら(OVAR)、ご本人に少し体を傾けてもらいながら自発回転するなどで疑似的な方法で対応しています。

その他、サッケード(急速眼球運動)、パス―ト(追従眼球運動)、前庭動眼反射(VOR)などの眼球運動やバランストレーニング、手足の協調運動などは、一般の施術院でも対応できる部分は多くあります。

また、脳震盪後症候群では慢性的な頭痛や首の筋肉の緊張、そこからくる吐き気などに悩まされることが多いですが、それが脳機能の問題からきているのか、首を痛めたことからきているのか、も鑑別して、その対処することも必要です。その場合もカイロプラクティックが有用でしょう。

特別な器具無くても対応できる部分は多々あるので、その範囲で当院では施術させて頂いております。その範疇を越えるようなさらに専門性が必要な場合は、専門とする医療機関にかかって頂くようにしています。

 

まとめ

今回は軽度脳震盪後の後遺症に対するHEVM療法の研究のご紹介でしたが、体のバランスを司っている前庭-小脳系が大脳の前頭葉にも関連があり、脳機能の様々な部分に影響を及ぼす、ということお分かりかと思います。

つまりこれは、体のバランスを整えるというカイロプラクティックの存在意義にも繋がるお話でした。

今回の記事が何かのお役に立てれば幸いです。

では今回はこの辺で。

 

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