椎骨動脈解離が起きるほどカイロプラクティックの首の矯正で首の骨は動かされるのか?(2022年度版)
最近、お笑い芸人の千鳥のノブさんが椎骨動脈解離になり入院したというニュースが流れ、それに関連付けてカイロプラクティックの首の矯正は危険だという論調を唱える人々が出てきています。この手の風説は、たびたび繰り返されています。
しかし、その点についてその都度、当院のブログでは真向から受け止め「そのようなリスクはかなり低い」ということを研究論文を通してご説明してきました。
過去の記事をご参照下さい↓
・カイロプラクティックと椎骨動脈障害との関係の研究の紹介の記事
https://www.daffychiro.com/vertebrobasilar-artery-stroke/
・首の矯正における動脈解離の発生率に関する研究の紹介記事
https://www.daffychiro.com/occurrence-rate/
・首の矯正時の血流変化と副反応に関する研究の紹介記事
今回の千鳥ノブさんの椎骨動脈解離の件は、そもそもカイロプラクティックの施術を受けたという報道は一切ないのにも関わらず、勝手に椎骨動脈解離=カイロプラクティックで首をポキっと施術させられたと関連付けている人がいます。これはカイロプラクティックは危険だという風評を世間に刷り込む行為です。新型コロナ窩における反ワクチン派や「コロナは風邪だ」派がよく行っている、実際の研究を無視して自分らの主義主張を世間に押し付けようとする行為と同等と言えます。
確かに、ポキっという首の矯正と椎骨動脈解離との関連を疑わせる研究があるのも事実です。
ただ、椎骨動脈解離は日常生活で引き起こされるものであり、大半は原因が特定できません。脳動脈における障害(梗塞や出血)は、一般的には動脈硬化など血管が老化しだす高齢者での発症が多いです。それに比べ、椎骨動脈の障害はそれより若い年代に起こりやすいとされています。
前回の椎骨動脈解離の記事を出したのが2016年ごろだったので、今回は2022年度版アップデート記事として、新しく作成していきます。
結論から先に言います。
これは、当院が今まで主張していたもの何ら変わらないものです。
首の矯正が先か、椎骨動脈解離が先か、の問題です。
首の矯正の後、酷い頭痛や、めまい、吐き気が起こり、病院へ行ってみたら椎骨動脈が発見された、というのが今回のような議題の時に議論される症例です。
この時、首の矯正をしたというのであれば、当初から頭痛などの訴えでクライアント様はカイロプラクティックのもとを訪れたのではないか、ということです。つまり首の矯正を受ける以前から椎骨動脈解離があり、そのため頭痛が起こっていたと推測されます。
従って、首の矯正によって椎骨動脈解離が作られたのかどうかは分からない、というのが当院の主張です。
希望を言えば、頭痛・めまい・吐き気などを訴えてカイロプラクティックのもとに訪れた人は全員、首の矯正を受ける前に一回椎骨動脈解離の検査を受けて、それから首の矯正を受けてほしいところです。そうすれば、首の矯正によって椎骨動脈解離が作られるのかどうかハッキリ決着がつくというものです。
ですがそれは現実的ではありません。手っ取り早くできる検査としてエコー検査や、エコードップラー検査がありますが、V1~2は出来ても、V3領域を観るのは難しいようです。
ですので、いつまでたってもこの論争は推測の域を出ないのではないかと感じてしまいます。なにか簡易的に検査できる手法が開発されることを期待します。
椎骨動脈解離について
おさらいです。
椎骨動脈は鎖骨下動脈から枝分かれし、首の骨の横の出っ張り(横突起)に開いている穴(横突孔)を通って上行し、最後は頭蓋骨の大後頭孔で硬膜を貫き頭蓋骨内に入っていく血管で、脳に血を送る役目があります。
上の図は第一頸椎(C1)を上見たところで、後頭骨の一番下の骨になります。C1の横突孔を出た椎骨動脈はほぼ直角に曲がり、大後頭孔に向かい頭蓋骨内に入ります。
この血管の走行は通常4区画に分けられ、一般的にはV1が鎖骨下動脈からの分岐点からC6の横突孔まで、V2がC6からC1の横突孔を通っている部分、V3がC1横突孔から硬膜に入るまでの部分、V4が硬膜から入った先、脳底動脈までの部分、とされています。しかし、文献によってはV3の部分に変化があり、C1横突孔の下位からすでにV3に含んでいるものもあり注意が必要です。
椎骨動脈解離はV1とV3に起こりやすく、首の矯正との関連を考える場合、どちらに障害したかを確認する必要があります。首の上の部分の矯正をしたのにも関わららず、首の下の部分のV1に動脈解離が起こった場合があったとしたら、シンプルに考えて直接血管が損傷させられたと考えるのは無理があるでしょう。逆に下位の頸椎を矯正したのにも関わらず、V3が影響を受ける可能性があることは留意する必要があります。その点は後述します。
日本での椎骨動脈解離の発生率は、検死解剖の結果から、未症状者でも成人全体の10%くらいは発生し、自然治癒していると考えられています。発生原因は、外傷によるものなどが挙げられますが、実際には不明なものも多くあります。
大抵の場合は、うなじ辺りの強い痛みが比較的急に起こり、病院で検査で動脈解離が発覚する場合が多いですが、徐々に痛みが出る場合もあり、問診や通常検査では鑑別できないことも多いとされます。動脈解離が出来てから血管破裂(出血)や動脈瘤による梗塞が発生していないものは、2カ月くらいでほぼ血管修復が完成されると考えられています。
ボウハンター症候群について
V3領域の椎骨動脈が狭まる原因の一つとしてBow hunter’s syndrome(BHS/ボウハンター症候群)を挙げる人がよくいます。しかし、実際BHSは症例数が少なくて、発生頻度自体が不明というほど稀な病気です。
頭部を捻る動きで、首の骨はC1,C2の間が一番大きく動きます(首全体の回旋角度の半分くらいを担う)。そのため、C1の横突孔を通っていた椎骨動脈が引っ張られるので、血管が狭まり血が通らなくなり症状がでます。
上図では、頭部が左に捻じれる時の動きを表し、赤が椎骨動脈、緑矢印がC1の回旋運動方向、青矢印が血管が引っ張られる方向を示しています。
椎骨動脈からは後下小脳動脈(PICA)という重要な血管が枝分かれしていて、延髄の外側と小脳の下側に血を送っています。この血管の血流障害は、ワレンベルグ症候群(Wallenberg-Syndrome)として知られる有名な症状を誘発します。
BHSでは特徴的な症状があり、首を右か左に捻ると回転性めまいや、吐き気、気が遠くなる感じ、失神が起こります。車の運転でバックをする時、ゴルフ・スイングのテイクバックが頂点にいった時など、首が深く捻じれた状態になった時に症状に気付くことがあります。
健康な人では、首を捻ったからと言って、V3領域の椎骨動脈にもゆとりがあるので、血流を阻害される程の血管の狭まりが起きることはありません。また、後述するように首の矯正の時の骨の動きは、生理的な可動範囲を超えることはなく、血管破壊が起こる程の血管ストレスは通常加えられません。
しかし、骨の変形や血管の変形、余計な組織が出来ている、などの影響でこのような疾患が起こることがあります。
因みに、Bow hunter(弓使い)という病名は、首の回旋でC1が椎骨動脈を引っ張る様が弓の弦を引く姿に例えられて付けられたと思われているようですが、実際は1978年公表のアーチェリー練習中に引き起こされた椎骨動脈卒中の症例報告(Bow hunter’s stroke. Sorensen BF. Neurosurgery. 1978;2:259–261)から名づけられたようです。
次に、カイロプラクティックの首のポキっという(高速・低振幅/スラスト)矯正が、実際血管を傷つけるのか、ということを研究した報告があるのでそれをご紹介します。
【高速・低振幅の頸椎マニュプレーション中の頭部及び関連する椎骨動脈の長さの変化の運動学】
【Kinematics of the head and associated vertebral artery length changes during high-velocity, low-amplitude cervical spine manipulation】
出典;Chiropr Man Therap. 2022; 30: 28.Published online 2022 Jun 1. doi: 10.1186/s12998-022-00438-0 《概要》 2016年1月~ 2019年12月の間に提供された3人の男性献体を用い、薄く、柔軟な圧力パッド(100–200 Hz)を使用し、スラスト(急圧)のタイミングを測定する事で、回旋と側屈を伴う頸椎マニュプレーション(CSM)の力-時間の記録した。一般に、CSMにより椎骨動脈(VA)のV3の区間(C1~C3の横突孔)が主に損傷されると考えられている。 Piperらの研究では、解剖学的にニュートラルな首と頭の位置から対側へ首を捻じる動きで、V3セグメントでの椎骨動脈の長さの変化は、CSMで15~18%、受動的な関節可動域で0~38%であることが分かっている。CSM中のVAの長さの変化は、通常、受動的なROMテストよりも小さく、公表されているVAの損傷発生域まで達しない。 胸骨に対する首の運動学と、関連した首の矯正’(C1~7)のスラスト時のVAの長さの変化は、また研究されていない。今回、胸骨に対する頭部の三次元の変位を8台のモーションカメラで解析した。 首の矯正は、術者の第2指基節骨外側面コンタクトで、首の屈曲、対側への回旋、同側への側屈によるアジャストを行った。 結果は、CSMの種類や頸椎レベルに関係なく、スラスト時の頭部角変位とVAの長さの変化は小さいものであった。スラスト時のVA全体長とV3の長さの変化は、施術者とドナーの間でバラツキがあった。また、各分節間の動きの違いが、各分節間のVAの長さの違いを生んでいる可能性があり、隣接する分節間でVAの長さが反対の動きがあった。例えば、C1/2間は伸長され、C2/3間は短縮するなどである。 考慮すべきことは、変動性があるにも拘わらず、CSMのターゲットにされた椎骨に関係なく、V3領域の引き伸ばしが平均的に観られた。V3領域は他の部分より解離を起こしやすいのでこの発見は重要である。ただし、V3領域に短縮が見られることがあり、これは血管の走行の解剖学的違いや、それぞれの術者の矯正時の力の伝達の仕方の差の可能性がる。 この研究では、遺体を使用しており、軟部組織を除去しているので、VAの長さの変化は実際より過大評価されている可能性がある。VAの縦方向の長さの変化がVA損傷の原因に関与していると考えられ、生体と献体との温度の違い、血圧による血管への拍動性の影響、血管壁3層の長さの変化の違いは観測していない。 CSMスラスト中におけるVAの長さの変化は、回旋で最大になった。 |
Chiropractic & Manual Therapies誌に2022年掲載された、カナダ・カルガリー大学などの研究チームの論文です。
以前のある研究では、「様々なCSMの技術があるのにも関わらず、矯正中の頭部の角度変化は少なく、特に回転運動は少なく生理学的な運動可動域を越えない」ということ述べられています。また、「首の矯正をする時の受け手の首が動かされる範囲は、一般的に身体評価で行われる他動的な首の可動域検査に比べて、小さい範囲である」ということも明らかになっています。
この研究では首の矯正時の胸骨に対する頭部・首の位置の変化と、それに伴う椎骨動脈の長さの変化を測定しました。今回の研究でも頭部の動きは小さいということが確認されました。
矯正時の首の骨の可動範囲は生理学的範囲を超えず、また椎骨動脈のV3エリアの伸長範囲も血管損傷の境界点まで達しないということも述べられています。ただ、首の動きでは回旋の動きが一番V3領域に負担をかけるというのも明言されています。
従って、ここから導きだされる考えとしては、首の矯正のセットアップ時にいかに回旋の動きを減らし、スラストを加える時にストレスを減らせるかということを目指す必要があると言えます。また、回旋時、一番動きが大きいのがC2に対してのC1の動きです。ですので、C1の矯正を加えようとする時は、スラストを使わない方法を採用するというのも選択に挙がります。
【上部頸椎操作中の頸椎の全体的および局所的な運動学】
【Global and regional kinematics of the cervical spine during upper cervical spine manipulation: a reliability analysis of 3D motion data】
出典;Man Ther.2014 Oct;19(5):472-7.doi: 10.1016/j.math.2014.04.017. Epub 2014 May 21. 《概要》 頸椎マニピュレーション中の脊柱の運動学を報告する研究は、頭部-胴体の全体的な動きや、プレポジションから個別の角への移行と一般的には関連付けられているが、データは不足している。in vitroで上部頸椎のマニピュレーション(高速・低振幅)を調査した。 |
2014年公表のベルギー、ブリュッセル自由大学の研究です。
献体を用い、首の骨の動きをセンサーを使いデータの収集を行ったとのことです。特に重要な部分は上部頸椎の回旋の部分で、C1-C2間の関節(環軸関節)の生理的な可動域は40°くらいとされているので、それより首の矯正の時の動きの範囲は小さいことが分かりました。つまり、先ほど述べたようなボウハンター症候群のような症状は起こりづらいことを示しています。
【症状のない人に対する頸部高速・低振幅マニピュレーション中の頭部・体幹の運動学】
【Head-trunk kinematics during high-velocity-low-amplitude manipulation of the cervical spine in asymptomatic subjects: helical axis computation and anatomic motion modeling】
出典;J Manipulative Physiol Ther. 2015 Jul-Aug;38(6):416-24. doi: 10.1016/j.jmpt.2014.10.019. Epub 2015 Jul 26. 《概要》 オステオパシー開業医が、12人の症状のないボランティアの人に、座位でC2~C5間の頸椎に1~3回の高速低振幅 (HVL)マニピュレーションを行い、胸部に対する頭部の動きをオプトエレクトロニクスを使い、データを収集した。 マニピュレーションの平均最大可動域は、側屈(LB)が39° (SD, 6°)、軸回旋(AR)が21° (SD, 7°)、屈伸が8° (SD, 5°)であった。アジャストの瞬間のふり幅の平均値は、LBが 8° (SD, 2°),ARが 5° (SD, 2°), 屈伸が 3° (SD, 2°)であった。平均の急圧の速度は 139°/s (SD、39°/s) であった。 この研究では、マニピュレーション中のARの範囲が限られたものであることを示した。 |
前述の論文と同じベルギー、ブリュッセル自由大学の2015年掲載の研究で、今回は生身の人間を使っての頭部のCSM中の動きの解析を行ったいます。
生体で行った研究のため、個別の骨の動きは不明で、頸椎全体の動きのみ分かったことになります。座位での首の矯正では全体の軸回旋は21°であったとしています。これはかなり少ない回旋角度なので、多分、側屈をメインに関節の絞りを取った矯正の仕方であったと思われます。
考察
椎骨動脈を傷つけるメカニズムとしては、首の矯正で急に引っ張られるために起こると考えられていました。ですが、実際の研究では、矯正時の首の関節の動く幅は最大に動かされる手前で止まっており、無理やり血管を引っ張っているものではないと考えられます。
また、実験上で椎骨動脈の血管壁が損傷するためにはどの位の張力が必要かが判明していますが、矯正中の血管へのストレスではその値まで達しないということも分かっています。(参考資料;椎骨動脈は安静位から139% ~162%伸長されないと血管壁に損傷が発生しなかった/Internal forces sustained by the vertebral artery during spinal manipulative therapy;J Manipulative Physiol Ther. 2002 Oct;25(8):504-10. doi: 10.1067/mmt.2002.127076. )
椎骨動脈解離の原因は実は不明のものが多く、首を大きく動かす動作は日常でも多くあります。例えば、サッカーではヘディングで首を大きく動かすことも多々ありますし、フェンシングや弓道なども首の回旋を大きく使います。また、ダンサーやフィギアスケートの選手、フリースタイル・スキーやスノーボードなどスピンを多用する人も先行動作で首を大きく捻ります。
しかし、それらの動作をしたからと言って椎骨動脈が簡単に切れたりはしないでしょう。もしそれが本当なら、選手たちは日常的にボコボコ椎骨動脈解離で頭痛、めまい、脳出血、脳梗塞を起こすものが出ているきているはずです。
現在、報告されている椎骨動脈解離の原因になったものとしては、テニス、バスケ、水泳、ダンス、ヨガ、トランポリン、ジェットコースター、分娩、性交渉、咳、くしゃみ、ゴルフ、車の運転でバック、などが挙げられています。うーん、これでは出来ることがなくなってしまいますね~。
挙句の果ては、首を横に倒すストレッチも止めろと言いだした何かの記事もありました。馬鹿馬鹿しいですね。一生、咳もせず、くしゃみもせず、後ろを振り向かないようにし、車の運転もせず、なんなら頸椎カラーをつけて過ごせとでも言うんですかね。
多分、これらの要因で椎骨動脈解離があったという人は、もともと血管に損傷しやすい要素を持っていて、たまたまその動作で発症したというだけで、原因は何であっても同じではなかったかと考えられます。
そして、これが最初に述べた結論につながります。
つまり、もともとは椎骨動脈解離があり、その症状改善のためカイロプラクティックのもとを訪れ、首を施術された、というストーリーがあると考えられます。その時点での当該カイロプラクターの落ち度としては、施術前の鑑別を上手くできかった、矯正により動脈解離の程度を大きくしてしまった、という点ではないでしょうか。
まとめ
今回は、カイロプラクティックの首の矯正で椎骨動脈に傷をつけるほど衝撃を与えるのかという点で研究ご紹介をメインでさせて頂きました。
記事は1回で終わらすつもりでしたが、今回も長くなってしまい、あと2回続けます。
次回は、リスクとベネフィットとの観点から、なぜ首の矯正を行うのかという内容になります。
3回目は首の矯正のリスクの研究と、当院なりのその予防法をご説明していきます。
では、今回はこの辺で。
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