カイロプラクティックの首の矯正の効果の研究
前回の記事の続きです。
前回は椎骨動脈解離というものの説明と、首の矯正時に起きる首の関節の動き及び椎骨動脈の引き伸ばされるストレスが血管を破壊するほどの負荷を加えるのか、ということについて研究論文のいくつかをご紹介しました。
今回は首の矯正の意義についてです。
イントロダクション
言葉の定義として、ポキっという矯正はCSM(Cervical spinal manipulation) や、HVLA(high-velocity low-amplitude/高速・低振幅)マニピュレーション、スラスト(急圧)手技と呼ばれたりします。各論文等で呼称が違場合がありますが、全て同じものを指しています。
CSMは何らかの恩恵があります。その恩恵を使って、受け手が解消したい不調にアプローチしていきます。その際、その利益とリスクを天秤にかけ、有益だと思えた時に矯正はなされるべきで、闇雲のポキポキされるべきではありません。
他業種の人間が全てを理解せず、一部の情報だけで首の矯正の危険性を吹聴するのはまだ分かりますが、同業者のカイロプラクターを名乗る人が首の矯正はダメだと言っている場合があります。こういう人はたいていの場合、自身が首の矯正をできない人々です。
本来、カイロプラクターを名乗るのであれば、実際自身の施術でCSMを使う・使わないに関わらず、技術の習得は出来ていなければいけません。しかし、首のCSMを正確にこなせるようになるためには練習が必要です。首のCSMを行うことが出来、内容を理解した上でCSMを否定するのであれば、それは認める部分もありますが、内容も理解せずにダメ出ししているようであれば、それは自身の技術の無さをカモフラージュして、自分の立場を優位に立たせようとするポジション・トークでしかありません。
その様な観点から、今回はなぜ首の矯正が良いのかというベネフィット(利点)について解説していきます。次回は、それを受けて反対にリスク面をお知らせし、同時にそれを予防するためにどうするかとういう視点での記事を掲載します。
【頸椎の高速・低振幅(HVLA)テクニックの可動域、筋力パフォーマンス、循環器系への影響のレビュー】
【Effects of Cervical High-Velocity Low-Amplitude Techniques on Range of Motion, Strength Performance, and Cardiovascular Outcomes: A Review】
出典;J Altern Complement Med. 2017 Sep;23(9):667-675. doi: 10.1089/acm.2017.0002. Epub 2017 Jul 21. 《概要》 2000 年 1 月から 2016 年 8 月までの電子データベースで検索を行った。見つかったのは、 PubMed (n = 131)、ScienceDirect (n = 101)、Scopus (n = 991)、PEDro (n = 33)、CINAHL ( n = 884)、および SciELO (n = 5)。スクリーニングののち、適していたのは11件の文献であった。 レビューで分かったことは、頸椎HVLAマニピュレーション治療は、首のROMと口の開け具合に対して大きな効果サイズ (d > 0.80) をもたらすことを示した。肘の外側上顆痛の人では、頸部HVLAマニピュレーションにより痛みなく握ることが出来る範囲が増し、高血圧のケースでは頸椎HVLAマニピュレーション後に血圧低下がみられた。 |
2017年掲載のスペイン、デンマーク等の共同研究チームによる論文です。
次回の記事でご説明しますが、体の機能は全体で連携しており、矯正した部位は遠く離れた部分に影響を及ぼす、といった考えがあり、それに基づいた施術の実例の検討です。首に対するCSMが、顎の動きを向上した、肘の痛みを改善し、握力を向上させた、高血圧の人の血圧を下げた、等の効果があったと報告されています。
【筋骨格系に対する頸椎高速低振幅( HVLA )マニピュレーションの効果:文献レビュー】
【Effects of Cervical High-Velocity Low-Amplitude Techniques on Range of Motion, Strength Performance, and Cardiovascular Outcomes: A Review】
出典;J Altern Complement Med. 2017 Sep;23(9):667-675. doi: 10.1089/acm.2017.0002. Epub 2017 Jul 21. 《概要》 脊椎マニピュレーションは、体の次の事柄に影響を及ぼすことが示唆されている。:強度の増加、体性反射と内臓反射の変化、中枢皮質ニューロンの処理と上肢筋肉の皮質運動制御、感覚運動統合、圧迫痛の閾値の上昇。マニピュレーションの感覚入力は、アルファ運動ニューロンの興奮性を変更することにより、頸椎の遠心性経路に影響を与え、その後、筋肉活動のレベルが変化することで起こる。 高速低振幅 (HVLA) 頸部マニピュレーションの筋骨格障害に対する影響を調べた。2005年から2020年までの全年齢の個人を対象に、査読付きジャーナルに掲載されたランダム化比較試験(RCT)の原稿をPubmedから検索。21本の論文が対象となった。筋骨格障害のある被験者に対する HVLA テクニックが、治療部位と離れた場所の両方における痛みの調節、可動性、および強度に影響を与えることができることを示した。頸部マニピュレーションは、頸部痛、外側上顆痛、顎関節症、肩痛の管理に効果的であった HVLA頸部マニピュレーションは、適切でない場合に使用すると患者にリスクをもたらす可能性があるが、脊椎の操作による合併症の頻度は非常に低い。ただし、適応は患者の耐性が低いか、禁忌の存在によって制限される可能性がある。 HVLA頸部マニピュレーションと頸動脈解離との因果関係は、いくつかの研究で扱われているが、現在、文献のほとんどのレビューでは、この 2 つの因果関係を証明または反証する説得力のあるデータはないと報告している。 |
2020年掲載のイタリア、ローマの研究チームによる論文です。
頸椎に対するアジャストは、直接矯正を受けた部位と、そこから離れた部位の両方に影響を与えることが出来るとここでも述べられています。この論文で挙げられた事例では、頸椎5~6番(C5~C6)間の矯正は、三角筋の30秒間等尺性収縮中の筋出力と筋疲労の抵抗の増加を促したと記されています。
また、外側上顆炎の研究では、アジャスト後の即時効果として、上顆圧迫痛閾値、高温/低温感受性、握力を調べたところ温度感受性と握力には変化を出さずに圧痛閾値だけが上がった(痛みを感じづらくなった)という結果だったそうです。
椎骨動脈のV3領域(C0-C1)の部分にあたる頸椎の矯正を行って、椎骨動脈の血流動態をカラーフロードップラー超音波を使用して調べた研究では、アジャストを受けたグループと対象グループとの間に有意差がないことが判明しました。これは血栓を飛ばすリスクが少ないことを示唆しています。
【頸椎機能障害の治療における器具(MFMA) と徒手 (HVLA) によるマニピュレーションの相対的な効果に関するパイロット無作為化臨床試験】
【A pilot randomized clinical trial on the relative effect of instrumental (MFMA) versus manual (HVLA) manipulation in the treatment of cervical spine dysfunction】
出典;J Manipulative Physiol Ther. 2001 May;24(4):260-71. doi: 10.1067/mmt.2001.114365. 《概要》 1カ月間以上、症状維持の頸椎可動性制限の患者30人を無作為に、器具(Activator II)を使用した頸椎アジャストと、標準的な回旋・側屈を伴う高速、低振幅スラストを使用した頸椎アジャストの2グループに振り分けて、手技と器具を用いた頸椎マニピュレーションの相対効果を調べた。各グループは特定の治療介入のみを受け、症状消失か8回治療達成まで行った。 主観的及び客観的パレメーターを使い、評価。2グループはともにプラス効果があり、有意差は無かった(P < .025)。 |
2001年の南アフリカのカイロプラクティック・クリニックでの調査です。調査サンプルが少ないのでより大規模な調査が必要ですが、今回はアクチベーター器具による矯正も手技による矯正もどちらも治療効果があり、差があまりなかったとされています。
【機械的頸部痛患者における上部頸部および上部胸部のスラスト(急圧)マニピュレーションと非スラスト・モビリゼーションの比較:多施設無作為化臨床試験】
【Upper cervical and upper thoracic thrust manipulation versus nonthrust mobilization in patients with mechanical neck pain: a multicenter randomized clinical trial】
出典;J Orthop Sports Phys Ther. 2012 Jan;42(1):5-18. doi: 10.2519/jospt.2012.3894. Epub 2011 Sep 30. 《概要》 頸部上部および胸部上部のHVLAスラスト・マニピュレーションと非スラストのモビリゼーションは、首の痛みの管理のための一般的な介入だが、頸部痛のある患者における頸部上部および胸部上部の両方のHVLA スラスト操作と非スラスト動員の効果を直接比較した研究は存在しない。その短期効果を比較してみた。 頸部障害指数、数値的疼痛評価、受動的な C1-2 回転可動域、深部頸部屈筋の運動能力を評価。HVLAスラスト群(56名)、モビリゼーション群(56名)を無作為に振り分けた。 HVLAスラスト群は、非スラスト・モビライゼーション群と比較して、障害の縮小(50.5%) と痛みの改善 (58.5%) で有意に(P < .001) 良好であった(非スラスト群は、それぞれ12.8%と12.6%)。さらに、受動的なC1-2回転可動域と深部頸部屈筋の運動能力の両方で有意に (P<.001) 大幅に改善された。結果として、スラスト群はモビリゼーション群より短期間では効果的であった。 |
2012年掲載の論文で、アメリカのいくつかの治療院で利用者のなかから適応者を選び、同意を得た後、首の上部と胸郭上部のスラストを受けるグループと、モビリゼーションを受けるグループに無作為に割り振り、効果を比較した研究です。
結果は、CSMの方が痛みの改善、可動域、筋力発揮などで効果が高かったそうです。
考察
カイロプラクティックで首の矯正を重要視するのは、CSMが関節の可動域を直接的に向上させる点と、固有受容器(体の状態を察知する神経)を刺激することで、反射的に筋出力や自律神経系に影響を及ぼす点にあるためです。頸部は固有受容器の数が多く、反応を引き出しやすいというのがあります。
器具による刺激でも反応は引き出せるようですが、より手技で行った方が効果が高いという報告があることから、より結果を求め、かつ安全性が確保できるようなら、スラストで行う方を第一選択としやすいでしょう。
昔から色んな所で首の矯正は行われており、首の矯正=カイロプラクティックという文脈でよく語られますが、実際日本では、整体や接骨院・整骨院で行われることがしばしばあります。それぞれがどういった判断基準やテクニックで行っているかは把握していないので何とも言えませんが、カイロプラクティックに関しては上記で挙げた実績をもとに行っています。
ただ、何が何でもCSMをやるという訳ではなく、安全性が確保でき、かつ方法がいくつか選択できるのなら、まずは非スラストの手技から入っていった方が無難でしょう。私自身の経験から言えば、世間の首の矯正は無駄打ちが多いと思います。カイロプラクティック院を訪れるクライアント様で、本当に首のCSMが必要な人は5人中1人くらいではないかと思います。
施術者の自己満足か、受け手の矯正を受けたという満足感のためにのみ行われているCSMが多い気がします。
まとめ
今回は、椎骨動脈解離とカイロプラクティックとの関係についての第2弾で、そもそもの首の矯正の意義を考えてみる回でした。前回では、首の矯正は椎骨動脈に負担がそんなにかからないとした研究があるよ、ということをご紹介しました。ですが、実際には首の矯正はリスクもあるとする研究もでてますので、その点についてが説明していこうと予定しています。
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